Agitator

Actress/伴杏里

重信房子

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2000/11/08 逮捕 ハーグ事件の共謀共同正犯として有罪となり、懲役20年判決.現在、東日本成人矯正医療センターにて服役中..2020出所

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2020/11/16 47 面会室にある透明の板の穴が新型コロナウイルス対策でふさがれたことにも触れ「(相手の声が)きちんと聞き取れる自信がありません。補聴器を着けても聞き取りにくいです」

 7月から民芸品を作る軽作業を始めたとして「出所までに2年を切っており、社会参加に向けて好奇心を持って迎えた」。しかし10月から、ボール紙の切れ端を指で繰り返しもみ、さらに5ミリ以下にちぎるという作業内容に変わると「指先がマヒし、ジンジンと痛みます。夜もジンジンしています」と訴え、「こうした懲役は許されない」と苦情を申し立てたという。

重信はがんのため複数回手術をし、現在も定期的な精密検査が必要だが、容体は安定している。許された手紙の発送は月に5通のみで、面会も原則として親族や弁護士などに制限されている。

2020/11/06 sankei

「知らない女が出入りしとる」  日本赤軍の国内支援者をマークしていた大阪府警公安3課の捜査員が、アジトとしてマークしていた大阪市西成区のマンションで、女の出入りをキャッチしたのは同年7月下旬だった。  当初は支援者とみていたが、ほかの支援者が女に深々と頭を下げる場面があり、「何者や」「重信房子か大道寺あや子が日本に戻ってきたのでは」となり、女の尾行が始まった。  大道寺あや子容疑者(72)は今から40年以上前の昭和49、50年の連続企業爆破事件で指名手配されており、重信房子受刑者(75)とともに大物女性逃亡犯だった。捜査員は大いに沸き立った。  しかし、長年の海外逃亡。当時、ICPO(国際刑事警察機構)から入手した最新という5年前の写真でも判別は付かなかった。昭和46年2月にアラブに渡る前の重信受刑者を行確(行動確認)、尾行していた公安3課の前身の公安1課「学生班」にいた元捜査員も女の顔写真をみせられたが、確証はなかった。長髪をなびかせた当時の容姿とかけ離れていたからだ。  ただ、この際に元捜査員からもたらされた情報は貴重だった。身長、体形、黒のパンタロンスーツを着こなす洗練されたファッション、紙たばこを吸う際にキセルのように優雅に吸う姿。顔ではわからなかったが、女と一致していた。  ほぼ24時間態勢で行確を続ける中、チャンスが巡ってきた。女が飲んだコーヒーの空き缶から指紋を入手できたのだ。これが決め手で、“女闘士”は、潜伏先の大阪府高槻市内のホテル前の路上で逮捕された。

父親も自殺

 

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