□滋賀よ、お前もか
ひのちょうじけん
2026/02/25 無期懲役の殺人で「死後再審」開始へ 滋賀・日野町事件 最高裁決定 毎日新聞 決定は「高裁に誤りがあるとは認められない」とするだけで、詳しい理由は示さなかった。第2小法廷は裁判官4人で構成され、元大阪高検検事長の三浦守裁判官は審理から外れ、残る3人全員一致の判断。
日野町事件とは、1984年12月29日に滋賀県蒲生郡日野町の自営業の女性が消息を絶ち、翌1985年1月18日に他殺体となって発見された強盗殺人事件。日本弁護士連合会が支援する再審事件である。
日野町事件 1984年に滋賀県日野町で発生した強盗殺人事件
曖昧さ回避 この項目では、1984年発生の強盗殺人事件について説明しています。1951年発生の公安事件については「日野事件」をご覧ください。
日野町事件(ひのちょうじけん)とは、1984年(昭和59年)12月29日に滋賀県蒲生郡日野町の自営業の女性が消息を絶ち、翌1985年(昭和60年)1月18日に他殺体となって発見された強盗殺人事件。日本弁護士連合会が支援する再審事件である。
概要 日野町事件 (日野町強盗殺人事件), 場所 ... 日野町事件 (日野町強盗殺人事件)
場所 滋賀県蒲生郡日野町豊田
座標 北緯35度1分 東経136度12分 日付 1984年(昭和59年)12月
原因 強盗殺人 攻撃手段 絞殺 死亡者 69歳の酒類販売店主女性A
犯人 酒店の客だった男性X(冤罪説あり)
刑事訴訟 無期懲役
詳細
1984年12月29日 - 酒屋の女性経営者A(当時69歳)が行方不明となる。 1985年1月18日 - 日野町内の宅地造成地でAの遺体発見。死因は絞殺だった。 1985年4月28日 - 石原山の山中にてAの金庫が発見される。
1988年3月9日より、酒屋の立ち飲み常連客であった男性X(当時53歳)が警察の事情聴取を受け、同月11日、犯行を自白して翌日に強盗殺人罪で逮捕。だが裁判では自白を強要されたとして一転無罪を主張。 1995年 - 大津地裁で無期懲役判決。 2000年 - 最高裁の上告棄却で無期懲役確定。 2001年 - 大津地裁に再審を請求するが2006年に棄却(裁判長判事は長井秀典)。X側は2006年3月30日 大阪高裁に即時抗告した。 Xは係争期間中に胃の手術を受け、2000年5月から一時大阪の民間病院にて入院生活を送った。広島刑務所で服役中だった2010年(平成22年)12月から肺炎とみられる症状が出たため刑の執行を広島地検が停止し、広島市内の一般の病院に入院した。だが2011年(平成23年)1月に先の症状により意識不明に陥り、肺炎のため同年3月18日未明に死去した[3]。75歳没。死亡に伴い、2011年3月30日 即時抗告審の終了が決定した。
2012年(平成24年)3月30日、Xの遺族が玉木昌美弁護士を主任弁護人とする弁護団と共に大津地裁へ第二次再審請求。
同年中に、有罪の重要な証拠と位置づけられる金庫発見現場への引当の報告書について、添付されていた写真の順序がネガと入れ替えられた捏造である旨の報道がなされる。証拠開示によりネガの開示を受けた弁護団が、捜査報告書と対照したことで発覚したものであった。
2018年7月11日、大津地裁(今井輝幸裁判長)は再審開始を認める決定をした。大津地裁決定は「警察官の暴行や脅迫で自白した疑いがある」と自白の信用性を否定した。
同年7月17日、検察官は大津地裁の再審開始決定に対して即時抗告を行い、大阪高等裁判所第二刑事部に配点され、審理が進められていた。
2020年6月12日、第1次再審請求を大津地方裁判所刑事部総括判事として棄却した長井秀典判事が大阪高裁第二刑事部総括判事として着任し、その後、日野町事件の即時抗告審を裁判長として担当することが判明した。これに反発した再審請求人や弁護団が変更を求めて裁判所に対して申入れをするとともに抗議集会や裁判所周辺におけるビラ配りが行われた。同月26日、大阪高等裁判所から弁護団に対して事件を第二刑事部から第三刑事部へ割り替えることが通知され、裁判長は交代することになった(岩倉広修→石川恭司)。
2023年2月27日、大阪高裁は再審開始を認めた大津地裁決定を支持して検察官の即時抗告を棄却したが、大阪高検は「承服しがたい」として、同年3月6日、最高裁に特別抗告した。
2026年2月24日、最高裁第二小法廷は再審開始を認める決定を行い、検察の特別抗告を棄却した。被告の死亡後に再審開始が決定した「死後再審」で、殺人事件としては戦後2例目の事例となる(初の事例は徳島ラジオ商殺し事件)。
疑問
Aが行方不明となった当日、Xは知人宅で酒を飲み、そのまま翌朝まで寝込んでしまったというアリバイを主張するも、取り調べの警察から「殺害を認めないと(結婚予定の娘の)嫁ぎ先をガタガタにしてやる」という脅迫をされたり、反抗するなと刑事達数人がかりで殴る蹴るや鉛筆の束ねた物で突付かれる暴力を受けたり、「殺害したことを認めたら早く出られる」と言われたりしたこと(≒拷問。憲法第36条で禁止)で、嘘の自白をしたとXは主張している。これらの主張を裏返す物的証拠は未だに発見されていない。
Xの自白には、秘密の暴露が一切無い。 Xは警察に手で被害者の首を締めたと自供しているが、遺体には舌骨右大角部の骨折および右顔面の損傷があり、鑑定では直接手で締めたのではなく紐などを使って締めたという結果が出ている。 次々と浮かぶ疑問に対して、大津地裁は「逮捕に至るまで3年間が経過したことによる記憶違いである」と主張したのみで、それ以上にXが犯人だという決定的な証拠が皆無であること。
支援
2002年3月15日 日本弁護士連合会(日弁連)が再審支援を決定する。
2026/02/25 無期懲役の殺人で「死後再審」開始へ 滋賀・日野町事件 最高裁決定 毎日新聞
最高裁判所=東京都千代田区隼町で、本橋和夫撮影 滋賀県日野町で1984年、酒店経営の女性が殺害された「日野町事件」で、強盗殺人罪で無期懲役が確定し、服役中に75歳で病死した阪原弘(ひろむ)さんの再審請求審で、最高裁第2小法廷(岡村和美裁判長)は24日付の決定で、再審開始を認めた大阪高裁決定を支持し、検察側の特別抗告を棄却した。大津地裁で裁判がやり直され、無罪が言い渡される公算が大きくなった。
死刑や無期懲役が確定した戦後の事件で「死後再審」が始まるのは初めて。再審制度を巡っては、政府が刑事訴訟法改正案を特別国会に提出する方針を示している。再審開始決定に対する検察の不服申し立てを禁じるかなど今後の国会での議論に影響する可能性がある。
決定は「高裁に誤りがあるとは認められない」とするだけで、詳しい理由は示さなかった。第2小法廷は裁判官4人で構成され、元大阪高検検事長の三浦守裁判官は審理から外れ、残る3人全員一致の判断。
酒店の常連だった阪原さんは店主の女性(当時69歳)の首を絞めて殺害し、金庫を奪ったとして88年3月に逮捕された。捜査段階で「自白」したものの他に直接証拠はなく、公判でアリバイを訴えるなどして無罪主張に転じた。しかし、1審・大津地裁、2審・大阪高裁は無期懲役とし、2000年に最高裁で確定。翌01年に再審請求した阪原さんは11年に亡くなった。【三上健太郎】
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