TV/恐怖劇場アンバランス

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恐怖劇場アンバランス(第4回)仮面の墓場

1969年7月から1970年3月にかけて制作されながら、放映が延びていた円谷プロ制作の怪奇ドラマシリーズ(放送期間・1973/01/08~04/02)のうちの1本。「ある日、海岸の砂浜でガラスの義眼を拾った少年。幼い彼の眼には、この義眼が宝石のように美しく見え、少年はこのガラス玉が、憧憬のなかの天使が落とした眼だと信じてしまう。大切にガラス玉をにぎりしめた少年は、渚で見知らぬ少女にそれを奪われるが、何とかして、義眼を取り戻し、天使の眼に戻さなければならないと決意した。少年は成長し、たくましい男になったが、失われた天使の眼は、その後、彼の一生を支配することになった。以上、童話めいたお話を書いたが、これは1月29日夜11時15分に、フジテレビで放送された『仮面の墓場』というフィルム・ドラマのストーリーである。男にふんしているのは、例の状況劇場の唐十郎。脚本は市川森一、演出は山際永三。このストーリーをなお若干つづけるならば、少年時代に一生を暗示された男は、大人になって演出家となった。いま、つぶれた映画館の廃墟のような芝居を上演しようとしているのである。ステージに組まれている装置は、墓場である。登場するのは、脱走兵、悪霊、少女の死体。主役は死体の眼玉から、脱走兵がえぐり取る眼玉だ。身の毛よだつような怪奇劇。ろう人形館のおどろおどろしい陳列品に、魂が入って、突如、動きはじめたような不気味さ。事実、このドラマには、つぎつぎに、信じられないことが起きる。悪霊役者の転落事故、生きながらの火葬、幽霊の復讐などなど。映画館の崩れ落ちた壁、壊れた照明器具、スプリングの飛び出した客席のシート。地下のボイラー室。どういうわけか、このボイラー室は、完全に作動するのである。結末は、義眼を天使にかえすのをあきらめた男が、もとの砂浜に埋めようと考える。舞台で彼の思い入れ。そのとき、ステージのホリゾントに磯波の打ち寄せる渚が映写され、男はステージ上の墓場から、映写された海岸の中へ歩み去る。状況劇場の唐十郎と、『仮面の墓場』なるドラマがごっちゃになり、映像の中の映像が一緒になり、それがまた、なまの現実と交わり合う。一種異様な雰囲気をこのフィルム・ドラマはもっている。『仮面の墓場』は、フジテレビの『恐怖劇場・アンバランス』と名付けられたシリーズの一本である。この一連の恐怖ドラマは、かなり前に制作され、放送されないまま、今年まで倉庫の中で眠っていた。第一作は円地文子原作、鈴木清順・演出の『木乃伊の恋』であった。これまた、『仮面の墓場』にまさるとも劣らぬ怪奇幻想の世界を現出した作品だ。ながながと『仮面の墓場』のストーリーまで記しながら、どうしてこれらのフィルム・ドラマのことを書いたかといえば、今年になって、たてつづけにこうした番組を見て、感ずるところあったからだ。(中略)ホームドラマが作り出すテレビ的リアリズムにならされた頭には、これらの作品がひどく新鮮に映ったものだ。しかも、これらの作品、手法としては、少しも新しいものではない。古い昔かつて見たようなものばかりである。そうだ。例えばドイツ表現主義の諸作品など、まさにそれではないか。表現主義映画のはしり。ロベルト・ヴイーネの「カリガリ博士」が出たのは、1919年。自然主義をことさらに排したその映像が、映画ファンを驚かしたのは、60年あまりも前だ。そのころから、映像の面白さは、観客に、時間、空間の制約を忘れさせる点にあった。『仮面の墓場』で、唐十郎ふんする演出家が、ホリゾントにうつし出された海岸へ、ステージから、どんどん歩いて入り込む不合理さ。こうしたありえないことが、自然に行われ、一つの世界として、無理なく観客に受け入れられる不思議さが、元来、映像のもつ楽しさとしてあったはずだ。『恐怖劇場』は、その楽しさを思い出させてくれたのだ。これらの作品が、実際に制作されてから、今年、放送されるまで眠っていたとは、何とおかしなことだろう。テレビを作る側の人たちは、ファンが何を欲しているが、敏感に嗅ぎつける感覚を、いまは忘れてしまったようである。【この項、白井隆二氏執筆「忘れていた映像の楽しさ」(「放送文化」(日本放送出版協会刊)1973年3月号より引用)】」

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