日本の艦船

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おくどうご8

グリーンアーチは、広島グリーンフェリーが運航していたフェリー。後にダイヤモンドフェリーでも運航された。

広島グリーンフェリーの第三船として神田造船所で建造され、1975年に就航した。

船名は一般の投票により決定された。

1982年、航路廃止により来島どっくに売却された。

1982年12月、ダイヤモンドフェリーに用船され、おくどうご8として神戸 - 松山 - 大分航路に就航した。 1988年来島興産に移籍。1991年スターダイヤモンドの就航により、用船解除となり引退した。

その後、1991年にギリシャのアネック・ラインズに売却され、小改装を受けてKYDONとなった。1995年、ペラマで大規模な改装を行い、TALOSと改名した。 1999年、LANE LINESに売却され、IERAPETRA Lとして就航した。2009年以降はアネック・ラインズに傭船され、2012年は夏季のみバリ - ドゥラス航路で運航されたが、2014年からは傘下のアネック・イタリアによってバリ - ドゥラス航路で通年運航となった。

2014年11月29日、機関室火災を起こす。

2019年10月現在、AQUA BLUEと改名し、Seajetsが運航している。旅客定員が1300人、車両搭載数400台と、建造時より大幅に増えている。

船種 フェリー

船籍 日本(1975-1991) ギリシャ(1991-)

所有者 広島グリーンフェリー(1975-1982) 来島どっく(1982-1988) 来島興産(1988-1991)

運用者 広島グリーンフェリー(1975-1982) ダイヤモンドフェリー(1982-1990)

建造所 神田造船所

母港 広島 松山

信号符字 JK3783

IMO番号 7429669

改名 グリーンアーチ(1975-1982) おくどうご8(1982-1991) KYDON(1991-1995) TALOS(1995-1999) IERAPETRA L(1999-2016) IERA (2016-2017) AQUA BLUE (2017-)

経歴 起工 1974年9月21日 進水 1975年2月19日 竣工 1975年5月31日 就航 1975年6月11日

要目 総トン数 5,553 トン 全長 137 m 幅 22 m 機関方式 ディーゼル 主機関 IHI ピルスティク16PC2-5V 2基 推進器 2軸 最大出力 20,800馬力(連続) 最大速力 23.77ノット 航海速力 21.5ノット 旅客定員 827名 車両搭載数 トラック104台、乗用車38台

設計

グリーンエース、グリーンアローと比較して、トラック輸送を重視した設計となり、旅客定員は半減した。

船内

船室

設備

入浴設備

娯楽設備

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おくどうご6

グリーンエースは、広島グリーンフェリーが運航していたフェリー。後にダイヤモンドフェリーでも運航された。

広島グリーンフェリーの第一船として神田造船所で建造され、航路に就航した。

1982年、航路廃止により来島どっくに売却された。

1982年12月、ダイヤモンドフェリーに用船され、おくどうご6として神戸 - 松山 - 大分航路に就航した。

1988年、来島興産に移籍。1989年4月17日、経由地の松山港から神戸港に向かう途中、播磨灘で貨物船第八乗吉丸(199総トン)が船尾に衝突する事故が起きている。

1990年7月、ブルーダイヤモンドの就航により、用船解除となった。

1990年7月、ギリシャのG.A. Ferriesに売却され、MARINAとなり、ペラマでクルーズフェリーへの大規模改装を受け、1994年に就航した。

2009年9月、G.A. Ferriesの破産によりピレウスで係船された。

スクラップとしてトルコに売却され、2011年9月にアリアガへ回航され、解体された。

航路 広島グリーンフェリー

広島港 - 大阪港 ダイヤモンドフェリー

神戸港 - 松山港 - 大分港 G.A. Ferries

ピレウス - シロス - パロス - ナクソス - イカリア - フルニ - サモス ピレウス - シロス - イカリア - サモス - キオス - レスボス - レムノス - カバラ ピレウス - アシパレア - カリムノス - コス - ニシロス - ティロス - シミ - ロドス ピレウス - パロス - ナクソス - イカリア - フルニ - カルロバシ - サモス(2004年 -) ピレウス - シロス - イカリア - フルニ - カルロバシ - サモス(2009年)

設計

船内は4層構造で、上部からプロムナードデッキ、キャビンデッキ、カーデッキ、ワゴンデッキと呼称されており、プロムナードデッキは操舵室および展望室、キャビンデッキおよびカーデッキの前方が旅客区画、カーデッキ後方が乗用車搭載区画、ワゴンデッキが大型車搭載区画となっている。

船内

遊歩甲板

A甲板(居住区甲板)

船種 フェリー 船籍 日本 所有者 広島グリーンフェリー 来島どっく 来島興産 運用者 広島グリーンフェリー ダイヤモンドフェリー 建造所 神田造船所 母港 広島 松山 姉妹船 グリーンアロー 航行区域 沿海 IMO番号 7203467 改名 おくどうご6 経歴 起工 1971年 進水 1971年 竣工 1971年12月24日 最後 2011年、トルコで解体 要目 総トン数 5,953 トン 載貨重量 2,129 重量トン 全長 135.3 m 幅 22.0 m 深さ 7.5 m 満載喫水 5.3 m 機関方式 ディーゼル 主機関 2基 推進器 2軸 最大出力 16,020馬力(連続) 航海速力 21.5ノット 航続距離 1,800海里 旅客定員 936名 車両搭載数 トラックおよびバス76台、乗用車110台

おくどうご2

おくどうご2は、愛媛阪神フェリーが運航していたフェリー。後にダイヤモンドフェリーでも運航された。

概要 愛媛阪神フェリーの第二船として高知重工業で建造され、1973年4月に神戸 - 今治航路に就航した。 本船の就航により、おくどうごはダイヤモンドフェリーに用船された。

1976年4月、おくどうご3の就航により、ダイヤモンドフェリーに用船され、神戸 - 松山 - 大分航路に就航した。本船の就航によりフェリールビーは係船された。

1982年12月、来島どっくから用船したおくどうご6、おくどうご8の就航により、おくどうごとともに引退した。

その後、来島どっくに売却され、ドック時の予備船として用船されていたが、1987年に台湾のTaipong Steam Shipsに売却され、Happy Princessとして就航した。

1999年にフィリピンのネグロスナビゲーション(英語版)に売却され、Princess Of Negrosとして就航した。

2007年に解体された。

船種 フェリー

船籍 日本(1973-1987) 中華民国(1987-1999) フィリピン(1999-2007)

所有者 愛媛阪神フェリー(1973-) ダイヤモンドフェリー(-1982) 来島どっく(1982-1987) Taipong Steam Ships(1987-1999) ネグロスナビゲーション(英語版)(1999-2007)

運用者 愛媛阪神フェリー(1973-1976) ダイヤモンドフェリー(1976-1987) Taipong Steam Ships(1987-1999) ネグロスナビゲーション(英語版)(1999-2007)

建造所 高知重工業

母港 松山港

姉妹船 おくどうご

IMO番号 7233844

改名 おくどうご2(1973-1982) Happy Princess(1987-1999) Princess Of Negros(1999-2007)

経歴 起工 1972年

進水 1972年

竣工 1973年

就航 1973年4月

運航終了 1982年12月

最後 2007年、解体

要目

総トン数 4,852 トン

全長 118.86 m

幅 20.6 m

機関方式 ディーゼル

主機関 4基

推進器 2軸

出力 7,355 KW(10,000 PS)

最大速力 19.5ノット

航海速力 18ノット

旅客定員 1,100名

車両搭載数 8トントラック40台 乗用車100台

設計

基本的にはおくどうごの同型であるが、ブリッジの形状が変更されたほか、Aデッキ後部に船室が増設され、総トン数が約400トン、旅客定員が50名増加した。

船内

船室

特等室 一等室 特二等室 二等室

事故・インシデント

機帆船との衝突

1973年6月30日5時15分頃、神戸市垂水区平磯沖3.7kmの地点で濃霧の影響により機帆船八幡丸と衝突、八幡丸は沈没したものの乗組員2名は本船に救助され負傷者はなし。

コンテナ船との衝突

1986年6月29日、2時18分ごろ、松山港から神戸港に向かっていた本船は、瀬戸内海の備後灘東部を航行中、六島灯台の南方約2,700メートルの地点で、神戸港から三島川之江港へ向かっていたコンテナ船第十八勢栄丸と衝突した。東航する本船に対して、西航する第十八勢栄丸が本船の針路を横切り南下する態勢で接近、本船の船首が第十八勢栄丸の左舷後部に前方から約70度の角度で衝突した。衝突の結果、本船は船首上部を圧壊、左舷船首の外板に凹損および擦過傷を生じ、左舷錨が海没した。勢栄丸は、船橋左舷側を破損、左舷上部外板に亀裂を伴う凹損を生じた。事故発生当時、天候は霧で濃霧注意報が発表されており、視程は約0.3海里と悪化していた。霧による視界制限状態で、本船が霧中信号を吹鳴せず、レーダーで探知した前路の他船と著しく接近する状況となった際、減速せず過大な速力のまま転針し進行したことと、第十八勢栄丸が同様に減速せず過大な速力のまま転針し右転したこと、とされた 。

おくどうご

おくどうごは、愛媛阪神フェリーが運航していたフェリー。後にダイヤモンドフェリーでも運航された。

経歴

要目

愛媛阪神フェリーの第一船として来島どっく高知工場で建造され、1972年8月10日に神戸 - 今治航路に就航した。

1973年4月、おくどうご2の就航と同時にダイヤモンドフェリーに用船され、神戸 - 松山 - 大分航路に就航した。

1982年12月、来島どっくから用船したおくどうご6、おくどうご8の就航により、おくどうご2とともに引退した。

その後、海外売船され、1983年にフィリピンのネグロスナビゲーション(英語版)でSanta Florentinaとして就航した。

2006年11月に引退、解体された。

就航航路

愛媛阪神フェリー

ダイヤモンドフェリー

船室

事故・インシデント

貨物船との衝突


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