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*石川秀美 [#n3641cbe]


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-石川秀美(いしかわ ひでみ)
-1966年07月13日(&age(1966,7,13);)

-元歌手
-本名:薬丸秀美(やくまる ひでみ)
-旧姓:石川

-T164
-T160.B78.W58.H82(1985)
-A型
-千葉県木更津市出身<愛知県瀬戸市>
--父:航空自衛官が千葉県木更津市の木更津基地配属中、当地出身の秀美の母と知り合い結婚

-明治大学付属中野高校定時制卒

-元・芸映プロダクション所属
-元・レコード会社:RVC(後のBMG JAPAN)(現・ソニー・ミュージックレーベルズ)

-1990年06月04日 俳優でタレントの薬丸裕英との結婚を機に芸能界引退

-夫:(シブがき隊)薬丸裕英[1966/02/19]

-1981 中学3年生の夏、芸映プロが自社の看板スターである西城秀樹の名を冠して主催した新人発掘コンテスト「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」当選.

-紅白歌合戦出場1回:1985(愛の呪文) 

-ジュエリーブランド「ALOHILANI(アロヒラニ)」ハワイで2店舗営業

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*Photo [#odfc4611]
-石川秀美写真集(1983年02月15日初版、近代映画社)
-ペパーミント・ドリーム(1983年06月23日発行、音楽専科社)
-いい夏HIDEMI(1983年08月01日初版、ワニブックス)
-石川秀美写真集Part2 トロピカル・ドリーミング(1984年04月20日初版、近代映画社)
-マリンブルーのときめき(1984年06月18日発行、音楽専科社)
-ひみつめいて、18歳。(1984年09月01日初版、講談社)
-トロピカル・ヌーン(1985年05月27日発行、音楽専科社)
-19歳・ファースト・メモリーズ(1985年08月15日初版、近代映画社)
-このまま熱い日(1986年03月20日発行、近代映画社) - 5周年記念写真集+グッズの函入り仕様
-石川秀美写真集 HIDEMI(近映文庫、1986年04月10日初版、近代映画社)
-EUROPEAN HEART(1986年08月10日初版、近代映画社)
-Between(1988年04月05日初版、勁文社)
-aviation(1990年04月08日初版、スコラ)

*Essay [#m168b4c4]

-愛編む秀美(1982年10月31日初版、集英社)
-ひとりが好き、少女17歳。(1983年11月25日発行、ダイナミックセラーズ)- カセットテープ+ミニ写真集
-さりげなく、素顔のまま(1986年03月25日初版、近代映画社)

*CM [#i9ff7e8f]

-ニコン 「レンズ」(1985年)
-ハウス食品 「フルーチェ」(1987年)
-サンデン 「カーエアコン」(1989年)
-ライオン 「スパーク」(1995年) - 薬丸と共演
-資生堂「IN&ON」(2010年) [1]
-イオン 「幸せの黄色いレシートキャンペーン」(2011年) - 薬丸と共演
-ほけんの窓口(2012年) - 薬丸と共演
-日清オイリオグループ 「日清サラダ油セット」 - 当時は日清製油。薬丸と共演
-メットライフ生命保険 - 薬丸と共演
////

-1991年、AGF「AGFギフト」 - 夫婦共演
-1995年、ライオン 「スパーク」 - 夫婦共演
-2004年、アリコジャパン - 夫婦共演
-2010年04月、資生堂「IN&ON」 - 薬丸秀美として出演。荻野目洋子・河合その子・伊藤つかさと共演
-2011年03月、イオン 「幸せの黄色いレシートキャンペーン」 - 夫婦共演
-2012年04月、ほけんの窓口 「薬丸ゲスト夫婦篇」 -  夫婦共演

*TV [#df717df4]

-新・翔んだカップル(1984年01月23日、フジテレビ系月曜ドラマランド) - 山葉圭 役
--新・翔んだカップル パートII(1984年07月23日、フジテレビ系月曜ドラマランド)

-化粧(1985年01月03日、フジテレビ系新春ドラマスペシャル)
-志村けんのバカ殿様(1986年04月28日、フジテレビ系月曜ドラマランド)
-若い人(1986年04月17日、フジテレビ系木曜ドラマストリート) - 江波恵子 役
-どうぶつ通り夢ランド 第14話「正月休みは牧場で! W出産、男2人の珍プレー好プレー」(1987年01月04日、テレビ朝日系)
-女と女・華やかな春(1987年01月03日、フジテレビ系正月ドラマ)
-すてきな三角関係 壁際族に花束を(1987年06月02日 - 07月07日、全6回、TBS系)
-ベイシティ刑事(1987年10月07日 - 1988年03月23日、全24回、テレビ朝日系) - 河合あゆみ 役
-時間ですよ 新春スペシャル「梅の湯はギャグでいっぱい」(1989年01月02日、TBS系) - 第1話ゲスト
-東京ホテル物語(1989年06月26日 - 06月29日、全4回、TBS系ドラマ23) - 風子 役
-おむこさん(1990年04月16日 - 06月01日、全30回、TBS系花王愛の劇場)

>吹き替え

-スーパーガール(1986年、フジテレビ系ゴールデン洋画劇場)- リンダ 役
-平成のシンデレラ 紀子様物語(1990年6月29日、フジテレビ系特番「紀子さま御結婚スペシャル」内で放送されたアニメーション) - 文仁親王妃紀子 役

*Add [#k3a1adf9]

-1990/06/05 デイリースポーツ
結婚を意識したのは「去年の暮れ」。プロポーズの言葉は「心の中にしまっておきます」と幸せにほおを赤らめる秀美だが、「私は待つ身でしたから」と、人一倍の喜びだった。妊娠を薬丸に告げたのは三月。「どう答えてくれるのか心配だった」そうだが、「天の授かりものを授かったのよ」の言葉に、薬丸も思わず「やったね。オレもパパになるのか」と笑顔で答え、結婚を決意したという。
 挙式は、秀美の身体を気遣い、「控えめに身内で」(薬丸)と年内に行う予定。日時、場所、仲人などは未定。秀美の体調を考えながら調整される。
 「家庭は控えめに、仕事は派手に」と新生活に張り切る薬丸を待っているのは、甘い新婚生活というよりは、“家庭の重み”。周囲に結婚をもらした際、「無謀だ」という意見もあったという。「一人半で飛び込んでいきます」と夫を信じる秀美は、出産を控え、年内は休業。一家は薬丸の双肩にずしり。イメージダウンにもなりかねないが、「僕は男。何と言われようが大丈夫です」と力強く大黒柱宣言をした。
 一方、亡き父の墓前に報告していた秀美は、妊娠報告も合わせ、「一日でも早くお墓参りに」と正式発表に晴れやかな表情だった。

-秀樹さん“妹”石川秀美さん参列も言葉出ず
[2018年5月26日22時21分]日ス
 今月16日に急性心不全のため63歳で死去した歌手西城秀樹さんの告別式が26日、東京・港区の青山葬儀所で営まれた。
 元シブがき隊でタレントの薬丸裕英(52)は、1981年に「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」で優勝して、芸能界デビューしていた妻の元アイドルの石川秀美さん(51)と参列し、囲み取材に応じた。
 薬丸は「最後にお会いしたのは、昨年暮れの共通の知人の葬儀で、少し疲れているご様子だった。その数カ月後の訃報でショックです。生放送『バイキング』の収録中に知らせを聞いて、取り乱してしまいました」と切り出した。
 妻の秀美さんは現在はハワイ在住で、「訃報を聞いた時から、ショックで精神的に不安定になっていましたが、どうしても最後のお別れをしたいと、昨晩に日本に到着しました」と説明した。
 「妻は、秀樹さんのおかげで芸能界入りしました。ずっと妹としてかわいがってもらっていたので、ショックが大きくて、今も控室です」と、とても取材陣に心中を話せる状態ではないと説明した。
 “ヒデキの妹”と薬丸は、結婚時には2人で西城さんに報告に行ったり、食事に連れて行ってもらったこと、その後は、男同士でゴルフに連れて行ってもらった思い出などを明かした。中でも「一番印象的だったのは『俺の妹を泣かせたら、ただじゃおかないからな』と言われたことです」と沈痛の面持ちで振り返った。
 芸能界に入る前から秀樹さんのファンだったといい、「地元の団地祭りでは『炎』を歌った思い出もあります。たくさんのヒット曲の中でも僕には『炎で氷を溶かしてみせる』との歌詞が、子供心に、悩みも打ち壊すことができるんだと励みになった曲でした」と語った。

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-ミステリーウーマン
1984年10月24日リリースの「ミステリーウーマン」。元ネタ:夜明けのランナウェイ(Bon Jovi)
こちらが元ネタ、有名な「夜明けのランナウェイ」です。
発売が1984年5月21日、「ミステリーウーマン」<作詞・曲:松宮恭子>の5か月前ですね。ミステリーな香りが漂います…(漂いません)。~
ttps://middle-edge.jp/articles/s0lc9

-2019/11/07  日刊ゲンダイ 石川秀美が地元誌に語った 夫・薬丸との最先端「ハワイ別居」生活
日刊ゲンダイDIGITAL
ハワイのフリーペーパー「ハワイに住む」最新号でインタビューを受けている石川秀美(右は、夫の薬丸裕英)/(C)日刊ゲンダイ
 舌がんから復帰した堀ちえみ(52)と同期で花の82年組アイドルだった石川秀美(53)の今が、ハワイのフリーペーパー「ハワイに住む」最新号に掲載されていた。 
 1990年に薬丸裕英(53)との結婚と妊娠を発表し、芸能界を引退。時折夫婦共演CMで登場していた。 

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//#divregion(土屋太鳳More!,color:#FF0000,background-color:#dddddd)

 子供は、長男でタレントの翔(29)、次男でサッカー選手の隼人(26)、長女でタレントの玲美(23)とアメリカの大学に留学中の三男(20)、ハワイで就学中の次女(11)の3男2女。玲美がハワイの大学進学を機に2013年に次女と共にハワイに移住。その後、玲美は大学を卒業し日本で芸能活動を始めているが、石川は次女とそのままハワイに在住中。14年に自身のジュエリーブランド「アロヒラニ」を立ち上げ、現在はハイアットリージェンシーとシェラトンホテル内のショップで販売している。 
 同誌によると、夫・薬丸から5年前にジュエリーデザインの仕事を勧められ、デザイン画から商品制作の過程も全面的に協力してくれているという。 
「日本円で1万円台からあるので、同世代のファンが身に着けるにはちょうどいい価格帯。そんなに売れているとも聞かないので、趣味の延長という感じなのでは。ご主人は週末ハワイの二重生活をしていて地元のスーパーで見かけることもありますね。芸能人はSNSのせいで日本が昔以上に息苦しくなっているようで、移住の相談も増えています。富裕層には子供の教育のために家族をハワイに移住させる人も多く、薬丸さん一家のような“ハワイ別居”も多いんです」(現地コーディネーター) 
「今はお客さまを輝かせることが仕事です」と語る石川。51歳でエリート官僚と再婚した菊池桃子といい、80年代アイドルは意気軒高である。

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