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#author("2024-01-31T08:55:59+09:00","","")
[[Singer]]

*倉田まり子 [#l37cd379]

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→坪田 まり子

キャリアカウンセラー、元歌手、元女優

本名:坪田 真理子

歌手・女優時代の芸名:倉田 まり子

生年月日: 1960年11月20日 (年齢&age(1960,11,20);歳)

生まれ: 長崎県 諫早市

*Works [#g17bbc6c]

Single キング

-1979年01月21日	GK-278	A	グラジュエイション	山上路夫	都倉俊一	川口真	
B	気にしない	山上路夫	都倉俊一	 川口真

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#region(More!)

-1979年05月05日	GK-306	A	いつかあなたの歌が	山上路夫	都倉俊一	川口真	
B	懐かしきボーイフレンド	山上路夫	都倉俊一	川口真

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-1979年08月21日	GK-338	A	HOW! ワンダフル	山上路夫	都倉俊一	都倉俊一	江崎グリコ「ポッキー」CMソング
B	翼のない鳥	山上路夫	都倉俊一	田辺信一	

#ref(12.jpg)

-1980年01月21日	GK-380	A	イヴニング・スキャンダル	亜蘭知子	都倉俊一	大村雅朗	
B	ミスティ	亜蘭知子	都倉俊一	大村雅朗

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-1980年04月21日	GK-400	A	June浪漫	亜蘭知子	都倉俊一	都倉俊一	
B	Last Teenage Summer	亜蘭知子	都倉俊一	都倉俊一

#ref(14.jpg)

-1980年07月21日	K07S-14	A	DAY BY DAY	亜蘭知子	都倉俊一	清水信之	
B	罪 to me	亜蘭知子	都倉俊一	清水信之	
-1980年09月21日	K07S-40	A	さよならレイニー・ステーション	門谷憲二	上田知華	大谷和夫	
B	スウィート・リリー	来生えつこ	梓島寿太郎	石田勝範	
-1981年02月05日	K07S-160	A	恋はライ・ライ・ライ	亜蘭知子	長戸大幸	長戸大幸	
B	あなたへ Hurry Up	阿里そのみ	松宮恭子	大谷和夫	
-1981年05月05日	K07S-177	A	恋はAmi Ami	Hagen Dierks
訳)康珍化
Jay Alanski	石田勝範	ベルギーのポップアイドル歌手・リオ(Lio)の「Amicalement Votre」のカバー。
B	ふたりの水平線	有馬三恵子	原川健	石田勝範	
-1981年07月21日	K07S-203	A	哀しみのポエジー	康珍化	武谷光	松井忠重	
B	ファンキー・ドールはファニー・ボーイ	糸井重里	佐久間正英	佐久間正英	
-1982年03月21日	K07S-264	A	カナリヤ	松宮恭子	松宮恭子	高田弘	
B	不思議な春	有馬三恵子	原川健	石田勝範	
-1982年06月21日	K07S-308	A	冷たい雨	荒井由実	荒井由実	青木望	バンバン、ハイ・ファイ・セットのカバー。
B	哀しみの中で	橋本淳	武谷光	竜崎孝路	
-1983年03月21日	K07S-380	A	春の嵐	門谷憲二	松宮恭子	鷺巣詩郎	
B	春咲く乙女たち	麻生香太郎	松宮恭子	鷺巣詩郎	
-1983年05月05日	K07S-3051	A	真夏のランナー	売野雅勇	芹澤廣明	芹澤廣明	フジテレビ系TVアニメ「ナイン(あだち充原作)」エンディングテーマ曲。
B	LOVE・イノセント	売野雅勇	芹澤廣明	芹澤廣明	フジテレビ系TVアニメ「ナイン(あだち充原作)」テレビスペシャル オープニングテーマ曲。
-1983年07月21日	K07S-451	A	避暑地の出来事	秋元康	松尾一彦	白井良明	
B	ENCORE(アンコール)	秋元康	松尾一彦	白井良明	
-1983年09月05日	K07S-472	A	青いフォトグラフ	売野雅勇	芹澤廣明	アニメ「ナイン」劇場版の主題歌。
B	愛を翼にして	アニメ「ナイン」劇場版の挿入歌。
-1984年02月05日	K07S-3065	A	恋人宣言	竜真知子	芹澤廣明	フジテレビ系TVアニメ「ナイン2・恋人宣言」主題歌。
B	青空気分	フジテレビ系TVアニメ「ナイン2・恋人宣言」挿入歌。


#endregion

TV
-ウルトラマン80 第42話「さすが!観音様は強かった!」(1981年、TBS/円谷プロ) - 本人 役
-気になる天使たち(1981年、CX/東宝)- オリエ 役
-傑作推理劇場・砂の密室(1981年、ANB) - 森春子 役
-ちょっといい姉妹(1981年、TBS)- 桃 役
-土曜ワイド劇場・目撃・殺人鬼が狙う運命の母と子(1981年、ANB)
-火曜サスペンス劇場「受験地獄・東大受験 その朝めざまし時計が鳴らなかった」(1982年、NTV)
-Gメン'82 第2回「アイドル歌手トリック殺人」(1982年、TBS) - 中里ユキ 役
-若草学園物語(1983年、NTV)
-大江戸捜査網 第591話「女牢しのび肌 禁断の闇化粧」(1983年、TX) - およう 役
-若き血に燃ゆる〜福沢諭吉と明治の群像(1984年、TX)- 小谷野クマ 役

CM
-江崎グリコ
-東京電力
-花王
-サッポロ一番(1982年) - 藤岡琢也と共演

*Add [#vd73d392]

中江を語る際、必ず思い出されるのが倉田まり子だ。愛人だと騒がれ、芸能界引退に追い込まれた彼女との関係は、中江に言わせればニュアンスが異なる。
 
「トップ50人の一人が『パルム』って月刊誌を出したいと言うんで、創刊号の表紙に倉田まり子さんを使え、インタビューもしろって言ったんだわ。だったら了解してやるよと。それで“インタビューします”って言うから行って、“会長、記念写真どうぞ”って言われて、肩に手を回してバチバチ撮ってもらったら、カメラマンが『フライデー』に売っちゃったわけよ。倉田さん、迷惑してるよな」
 
 むしろ倉田は、
 
「政治家、財界人、官僚、裏社会のトップ、もう、あらゆる人と会ってるよ」
 
 と語る中江の人脈のなかでは、微々たる存在だったということか。一方、その存在感が中江の胸に、いまも大きく刻まれているのは、田中角栄だという。

////
「滋賀の近江八幡から京都の予備校に通ってたの。国立大学を受けるつもりでね。だけど、都会の土地は上がると思って、18歳で京都に家買ったわけ。そしたら親が、その家を結婚する兄貴に貸してくれって言うのさ。いやになって、夏期講習の最後に名古屋に家出したの。で、三愛経済研究所ってとこで、朝から晩まで各銘柄のチャートを引く仕事をさせてもらった。スティーブ・ジョブズが“プログラムの本をガキのときに勉強したのが後々役に立った”とか書いてたけど、それと一緒でさ。株漬け、チャート漬けの日々で、三愛に出入りしていたすごい相場師の人たちに薫陶を受けたりしてね。で、3年して、京都に“2×2”っていうコンサル会社を作ったの」


////

中江の株の師匠は、名古屋にあった情報誌「三愛経済研究所」の所長だった。高校時代から会員になっていたという。

////


証券取引法は、無免許での株式売買の取次を禁止し、投資家に融資を行い、株を買わせる手法も禁じている。彼の身辺には、確実に司直の手が迫っていた。昭和59年8月、逮捕情報が流れる中、彼は知人のつてで“政財界の黒幕”と呼ばれた笹川良一に、
「捜査を潰せませんか」
 と相談したという。
「すると、笹川さんは“すでに逮捕状が出ているらしい。フダが出たら、もう無理だ。ただ逮捕を1週間、引き延ばしてやることはできる”と言ってくれたんだ」

////

「赤坂の半玉(芸者見習い)を一本(一人前)にした。その際、国税が動いたことがあるんだ。自分の女にしたのはいいが、彼女、俺がやったカネで赤いベンツなんか買うもんだから、同僚だったお姐さんが焼き餅を焼いて国税にチクったんだな。その時は、薬品会社の社長に紹介してもらった田中角栄先生に相談した。すると、さすがは大蔵省に睨みを利かせていた角栄先生だ、その途端、国税の調査はピタッと止まった」

中江はすぐに3000万円の謝礼を持って、目白の田中邸へ挨拶に赴いたという。すると角栄は、彼を睥睨して言った。
「君みたいなガキから、カネはもらえない」
 カネを突き返された中江は、かねてからの関心事について角栄に尋ねた。
「先生、この国の政治は、どこで決まっているんですか」
 角栄は応接間の床を指し、こう答えた。
「ここだよ。中江君、ここでこの国のすべてが決まっている。国会じゃない、俺が決めてるんだ」
 凄い迫力を感じたという。

////

 中江と言えば、もう一人、忘れてはいけない存在がいる。交際が報じられた人気タレント、倉田まり子である。写真誌「フライデー」は、創刊号で中江と倉田のツーショット写真を掲載した。まさに“美女と野獣”だ。
 当時、倉田は人気絶頂のアイドルだったが、“テレ朝の天皇”と呼ばれた故・三浦甲子二(きねじ)テレビ朝日専務の紹介で、彼女のファンという中江に引き合わされた。後に、彼から目黒の豪邸をプレゼントされたと話題になる。実は、中江から7000万円を無利子で借りて倉田が建てたのだ。
「倉田まり子とは4、5回デートしただけ。男女の関係はないよ。もったいないことしたなあ。あんないい女、やっときゃよかったよ」
 と振り返る中江。7000万円の顛末については、
「三浦さんから、“倉田は月2億円も稼ぎがあるのに、事務所からもらう月給はわずか200万円”と聞かされた。そして、新たなプロダクションを立ち上げて、移籍させるというから、移籍料名目で7000万円を貸してあげた。そのカネがどういうわけか、目黒の豪邸に化けたわけだ。この頃、俺のところの社員が“ファッション誌を創刊したいので、3000万、出してほしい”と言ってきた。“創刊号の表紙とインタビューで倉田を使い、俺をインタビューに同席させてくれるんだったら、出してやる”と答えたんだ」
 インタビューは赤坂の料亭「新浅野」で行われた。会食の後、社員カメラマンがツーショットの写真を撮った。ところが、その記念写真が「フライデー」の創刊号に掲載されたというわけだ。
「実は、俺、『投資ジャーナル』が事件になったらヤバいと思って、倉田とのデートも遠慮していたんだ。でも、向こうが“それでも構わない”というから、逢瀬を重ねていた」
 しかし倉田は、「投資ジャーナル事件」の被害者からのバッシングにいたたまれなくなる。また東京国税局から、“「投資ジャーナル」には約1億2000万円の所得税滞納金がある。中江から貴殿への融資金は同社の債権になるから、徴収のための資産保全として目黒の自宅を差し押さえる”旨の通知を受けたこともあり、豪邸を売却。7000万円を全額、国税に返納したとされる。その後、倉田は引退に追い込まれ、煌(きら)びやかな芸能シーンから姿を消した。

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 中江氏の住むアパートは6畳一間で家賃は4万8000円。近所付き合いは少なかったという。死の直前まで親交のあったジャーナリストの比嘉満広氏が語る。
「出所後しばらくは投資ジャーナル時代の部下が資金援助をしていたのですが、ここ数年はそれも途絶えて、生活保護を受給していました。

 中江の交遊の中でも最も影響を受けたのは、三浦甲子二テレ朝専務だった。週刊誌に歌手の倉田まり子とのあいびき記事が出るのを止めてもらって以来、中江は三浦のことを「オヤジ」と呼んで慕っていた。


2020/02/21日ゲ
 20日午前8時すぎ、東京都葛飾区南水元のアパートから出火し、火元の部屋から黒焦げになった遺体が見つかった。警視庁は、遺体は投資顧問会社「投資ジャーナル」元会長の中江滋樹氏(66)とみて身元の特定を急いでいる。原因は寝たばこの不始末


 20代の頃から株でケタはずれの稼ぎがあった中江。息抜きと遊びで利用したのは赤坂の料亭と銀座のクラブだった。
人脈を広げた若い経営者と会うときは料亭「川崎」を利用した。


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