Movie/ガラスの中の少女
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[[Movie]] *ガラスの中の少女 [#rde7997a] #ref(s.jpg) ガラスの中の少女 製作=日活 1960.11.09 6巻 1,755m 白黒 日活スコープ 1960年の映画『ガラスの中の少女』のネタバレは、高校生の「靖代」と青年「陽一」が、互いの家庭環境の苦悩から、湖のボートで睡眠薬を飲んで心中する話です。靖代は、父親が実の父ではないことや、継父からの性的な欲望を感じたことで家を出て、陽一と出会い、純潔なまま心中することを誓います。しかし、結末では、二人が純潔なまま心中したと見せかけつつ、靖代の継父である杉太郎は靖代を愛するがゆえに二人の心中を信じられないと、純潔を疑っていたことが示唆されます。 物語のあらすじ 高校生の「靖代」と、玩具部品工場で働く「陽一」は、偶然再会し、互いの家庭環境の苦悩を打ち明け合います。 靖代は、実父が戦死し、母と大学教授の継父・杉太郎との間に生まれた子供でした。しかし、杉太郎は靖代の帰宅時間が遅れると異常に問い詰め、ある日、靖代は継父の本能的な欲望を感じて恐怖を覚えます。 陽一の家庭も、失職中の父親が酒ばかり飲んで暴れるなど、暗い環境でした。 二人は、この苦しい状況から逃れるため、山あいの湖でボートを浮かべ、睡眠薬で心中することを決めます。 ボートの上で薬を分け合い、横になって眠りについた二人。 -企画 ................ 大塚和 -監督 ................ 若杉光夫 -助監督 ................ 宮川孝司 -脚本 ................ 青山民雄 -原作 ................ 有馬頼義 -撮影 ................ 井上莞 -音楽 ................ 木下忠司 -美術 ................ 岡田戸夢 -録音 ................ 丸山国衛 -照明 ................ 内藤安三郎 -編集 ................ 青山一郎 -製作主任 ................ 小林吉男 -スチール ................ 浅石靖 配役 -靖代 ................ 吉永小百合 -その父杉太郎 ................ 信欣三 -その母里子 ................ 轟夕起子 -陽一 ................ 浜田光曠 -その父義助 ................ 大森義夫 -その母ます ................ 小夜福子 -その弟昇 ................ 吉田雅俊 -中村 ................ 草薙幸二郎 -松三 ................ 稲垣隆史 -社長 ................ 佐野浅夫 -春江 ................ 南風洋子 -女子高校生A ................ 多勢マユミ -女子高校生B ................ 中村歌 -女子高校生C ................ 水原英子 -女子高校生D ................ 斉藤久美子 -女子高校生E ................ 石田桂子 -男A ................ 村田寿男 -男B ................ 澄川透 -男C ................ 日野道夫 -男D ................ 白井鋭 -女A ................ 斉藤美和 -女B ................ 鈴村益代 -グレン隊風の男A ................ 林茂朗 -手伝いの大学生A ................ 谷田部靖 -手伝いの大学生B ................ 山田禅二 -手伝いの大学生C ................ 山根照雄 -手伝いの大学生D ................ 大塚興一 -大学の同僚 ................ 大滝秀治 -おかみさん ................ 高田栄子 -社長夫人 ................ 入江吉子 #ref(s2.jpg) #br #ref(s3.jpg) #br *ロケ地 [#fdb6be67] #ref(s4.jpg) #br 新宿区四ツ谷駅が外観、駅構内など何度も映る。当時は人影まばら。周りの聖イグナチオ教会や都電なども映る。その他、文京区後楽園遊園地付近を吉永と浜田が歩く。浜田の住む長屋はスタジオのセットと実際の長屋との併用で撮影が行われている。浜田が働く玩具工場と近辺は実際にロケが行われている。場所は不明で、当時の町工場が密集する場所には多かった生活道具が投棄された川やドブ川なども映る。冒頭とラストが山梨県本栖湖。 東映版映画 -リメイク- -1960.11.09 ガラスの中の少女 日活 若杉光夫 -1988.12.10 ガラスの中の少女 東映=オスカープロ 出目昌伸 書誌 -有馬頼義『ガラスの中の少女』角川書店、1959年 -有馬頼義『葉山一色海岸』角川文庫、1962年 -有馬頼義『ガラスの中の少女 傑作小説集』光文社文庫、1988年7月 *Add [#y9a64f82] 関係者によれば、心中の大半が生前、性行為をすでに済ましているそうである 予告編では「日活パールラインの新人・吉永小百合第一回主演作品」と表記される。浜田光夫は「撮影時僕が16歳、吉永さんは14歳」と話しているが、「本栖湖での撮影は10月」と話していることから、撮影は公開直前の1960年秋と見られ、吉永は15歳と考えられる。冒頭湖に浮く吉永のシーンの撮影は、かなり低い水温で吉永は「大丈夫です」ですと気丈に耐え、長時間水に浸かり、撮影終了後は水から上がって来れず、硬直して意識を失っていたという。慌てて監督以下、スタッフ一同で吉永の身体をさすって意識を戻したが、浜田もさすろうとしたら、監督から「お前は火の始末をしてろ!」と怒鳴られ、吉永をさすることは出来ず「残念だった」と述べている。 **浜田光夫 [#e645037f] 玉川学園高等部在学中の1960年、若杉監督の勧めで『ガラスの中の少女』のオーディションを受け、吉永小百合と初共演[5][15]玉川学園卒業後、高橋英樹と共に日本大学藝術学部へ進学。同年、日活に入社し本格デビュー。1961年に『この若さある限り』より、若杉監督から「光夫」の名前をもらい芸名を浜田光夫と改める。 1966年7月25日、名古屋市女子大小路のサパークラブで仕事終わりに葉山良二らと飲んでいると、酔った客が絡み出し、突然、電気スタンドで葉山を襲撃した。そして葉山の隣にいた浜田の右目に電気スタンドのガラスの破片が直撃し、右目が全く見えなくなってしまう。ガラス片が黒目を直撃した上、レンズ部分の水晶体に到達し、眼球破裂水晶体を保護する「房水」が流出していた。名古屋大学医学部附属病院に救急搬送され、即手術、入院ということになる。もう何時間か遅れていたら、完全失明は免れないという状況だったという。黒目を0.3mm間隔で32鍼縫い上げる眼球縫合手術が行われ、失明の恐怖に耐えながら8時間、奇跡的に失明は免れた。 このアクシデントを受け、当初吉永とのコンビで出演予定であった『愛と死の記録』は急遽、渡哲也が代演することとなった。 8か月の入院生活を終え、1967年3月に退院。手術で視力は取り戻したものの、黒目に白い傷跡が残った。その傷跡を隠すために、サングラスをかけ仕事を再開した浜田だったが、後遺症でライトの前では目を開けているのさえ困難であった。翌年、日活オールスターが友情出演した『君は恋人』で復帰する、右目負傷の影響からその後は眼を保護するためにスモークやハーフトーンのサングラスが必需品となった[注釈 2]。こうしてイメージチェンジを余儀なくされ、『涙の季節』『いちどは行きたい女風呂』でのコミカルな役柄など、次第に従来とは異なるバイプレーヤー的な俳優へと転向する。この時期、浜田の支えとなったのは、のちに妻となる青園宴だった。高橋英樹が宝塚歌劇団のファンだったことから、高橋の付き添いで宝塚歌劇を鑑賞することになり、宝塚歌劇団生徒の溜まり場となっていた洋菓子喫茶アマンドで青園と知り合う。失明騒動の後、目にコンタクトレンズを入れて撮影を行っていたため炎症を起こしてしまい、大阪大学医学部附属病院に入院することになった際、身の回りの世話をしてくれたのが青園だったという。青園の励ましを受け、目の完治を諦めず4度もの手術を決行。暴行事件から7年、ついに目は完治した。 **大森義夫 [#q2038ae4] TV:NHK 事件記者 Movie: 事件記者シリーズ(日活) - 八田老人 -事件記者(1959年) -事件記者 真昼の恐怖(1959年) -事件記者 仮面の脅迫(1959年) -事件記者 姿なき目撃者(1959年) -事件記者 影なき男(1959年) -事件記者 深夜の目撃者(1959年) -事件記者 時限爆弾(1960年) -事件記者 狙われた十代(1960年) -事件記者 拳銃貸します(1962年) -事件記者 影なき侵入者(1962年) -新・事件記者 大都会の罠(1966年) -新・事件記者 殺意の丘(1966年)
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[[Movie]] *ガラスの中の少女 [#rde7997a] #ref(s.jpg) ガラスの中の少女 製作=日活 1960.11.09 6巻 1,755m 白黒 日活スコープ 1960年の映画『ガラスの中の少女』のネタバレは、高校生の「靖代」と青年「陽一」が、互いの家庭環境の苦悩から、湖のボートで睡眠薬を飲んで心中する話です。靖代は、父親が実の父ではないことや、継父からの性的な欲望を感じたことで家を出て、陽一と出会い、純潔なまま心中することを誓います。しかし、結末では、二人が純潔なまま心中したと見せかけつつ、靖代の継父である杉太郎は靖代を愛するがゆえに二人の心中を信じられないと、純潔を疑っていたことが示唆されます。 物語のあらすじ 高校生の「靖代」と、玩具部品工場で働く「陽一」は、偶然再会し、互いの家庭環境の苦悩を打ち明け合います。 靖代は、実父が戦死し、母と大学教授の継父・杉太郎との間に生まれた子供でした。しかし、杉太郎は靖代の帰宅時間が遅れると異常に問い詰め、ある日、靖代は継父の本能的な欲望を感じて恐怖を覚えます。 陽一の家庭も、失職中の父親が酒ばかり飲んで暴れるなど、暗い環境でした。 二人は、この苦しい状況から逃れるため、山あいの湖でボートを浮かべ、睡眠薬で心中することを決めます。 ボートの上で薬を分け合い、横になって眠りについた二人。 -企画 ................ 大塚和 -監督 ................ 若杉光夫 -助監督 ................ 宮川孝司 -脚本 ................ 青山民雄 -原作 ................ 有馬頼義 -撮影 ................ 井上莞 -音楽 ................ 木下忠司 -美術 ................ 岡田戸夢 -録音 ................ 丸山国衛 -照明 ................ 内藤安三郎 -編集 ................ 青山一郎 -製作主任 ................ 小林吉男 -スチール ................ 浅石靖 配役 -靖代 ................ 吉永小百合 -その父杉太郎 ................ 信欣三 -その母里子 ................ 轟夕起子 -陽一 ................ 浜田光曠 -その父義助 ................ 大森義夫 -その母ます ................ 小夜福子 -その弟昇 ................ 吉田雅俊 -中村 ................ 草薙幸二郎 -松三 ................ 稲垣隆史 -社長 ................ 佐野浅夫 -春江 ................ 南風洋子 -女子高校生A ................ 多勢マユミ -女子高校生B ................ 中村歌 -女子高校生C ................ 水原英子 -女子高校生D ................ 斉藤久美子 -女子高校生E ................ 石田桂子 -男A ................ 村田寿男 -男B ................ 澄川透 -男C ................ 日野道夫 -男D ................ 白井鋭 -女A ................ 斉藤美和 -女B ................ 鈴村益代 -グレン隊風の男A ................ 林茂朗 -手伝いの大学生A ................ 谷田部靖 -手伝いの大学生B ................ 山田禅二 -手伝いの大学生C ................ 山根照雄 -手伝いの大学生D ................ 大塚興一 -大学の同僚 ................ 大滝秀治 -おかみさん ................ 高田栄子 -社長夫人 ................ 入江吉子 #ref(s2.jpg) #br #ref(s3.jpg) #br *ロケ地 [#fdb6be67] #ref(s4.jpg) #br 新宿区四ツ谷駅が外観、駅構内など何度も映る。当時は人影まばら。周りの聖イグナチオ教会や都電なども映る。その他、文京区後楽園遊園地付近を吉永と浜田が歩く。浜田の住む長屋はスタジオのセットと実際の長屋との併用で撮影が行われている。浜田が働く玩具工場と近辺は実際にロケが行われている。場所は不明で、当時の町工場が密集する場所には多かった生活道具が投棄された川やドブ川なども映る。冒頭とラストが山梨県本栖湖。 東映版映画 -リメイク- -1960.11.09 ガラスの中の少女 日活 若杉光夫 -1988.12.10 ガラスの中の少女 東映=オスカープロ 出目昌伸 書誌 -有馬頼義『ガラスの中の少女』角川書店、1959年 -有馬頼義『葉山一色海岸』角川文庫、1962年 -有馬頼義『ガラスの中の少女 傑作小説集』光文社文庫、1988年7月 *Add [#y9a64f82] 関係者によれば、心中の大半が生前、性行為をすでに済ましているそうである 予告編では「日活パールラインの新人・吉永小百合第一回主演作品」と表記される。浜田光夫は「撮影時僕が16歳、吉永さんは14歳」と話しているが、「本栖湖での撮影は10月」と話していることから、撮影は公開直前の1960年秋と見られ、吉永は15歳と考えられる。冒頭湖に浮く吉永のシーンの撮影は、かなり低い水温で吉永は「大丈夫です」ですと気丈に耐え、長時間水に浸かり、撮影終了後は水から上がって来れず、硬直して意識を失っていたという。慌てて監督以下、スタッフ一同で吉永の身体をさすって意識を戻したが、浜田もさすろうとしたら、監督から「お前は火の始末をしてろ!」と怒鳴られ、吉永をさすることは出来ず「残念だった」と述べている。 **浜田光夫 [#e645037f] 玉川学園高等部在学中の1960年、若杉監督の勧めで『ガラスの中の少女』のオーディションを受け、吉永小百合と初共演[5][15]玉川学園卒業後、高橋英樹と共に日本大学藝術学部へ進学。同年、日活に入社し本格デビュー。1961年に『この若さある限り』より、若杉監督から「光夫」の名前をもらい芸名を浜田光夫と改める。 1966年7月25日、名古屋市女子大小路のサパークラブで仕事終わりに葉山良二らと飲んでいると、酔った客が絡み出し、突然、電気スタンドで葉山を襲撃した。そして葉山の隣にいた浜田の右目に電気スタンドのガラスの破片が直撃し、右目が全く見えなくなってしまう。ガラス片が黒目を直撃した上、レンズ部分の水晶体に到達し、眼球破裂水晶体を保護する「房水」が流出していた。名古屋大学医学部附属病院に救急搬送され、即手術、入院ということになる。もう何時間か遅れていたら、完全失明は免れないという状況だったという。黒目を0.3mm間隔で32鍼縫い上げる眼球縫合手術が行われ、失明の恐怖に耐えながら8時間、奇跡的に失明は免れた。 このアクシデントを受け、当初吉永とのコンビで出演予定であった『愛と死の記録』は急遽、渡哲也が代演することとなった。 8か月の入院生活を終え、1967年3月に退院。手術で視力は取り戻したものの、黒目に白い傷跡が残った。その傷跡を隠すために、サングラスをかけ仕事を再開した浜田だったが、後遺症でライトの前では目を開けているのさえ困難であった。翌年、日活オールスターが友情出演した『君は恋人』で復帰する、右目負傷の影響からその後は眼を保護するためにスモークやハーフトーンのサングラスが必需品となった[注釈 2]。こうしてイメージチェンジを余儀なくされ、『涙の季節』『いちどは行きたい女風呂』でのコミカルな役柄など、次第に従来とは異なるバイプレーヤー的な俳優へと転向する。この時期、浜田の支えとなったのは、のちに妻となる青園宴だった。高橋英樹が宝塚歌劇団のファンだったことから、高橋の付き添いで宝塚歌劇を鑑賞することになり、宝塚歌劇団生徒の溜まり場となっていた洋菓子喫茶アマンドで青園と知り合う。失明騒動の後、目にコンタクトレンズを入れて撮影を行っていたため炎症を起こしてしまい、大阪大学医学部附属病院に入院することになった際、身の回りの世話をしてくれたのが青園だったという。青園の励ましを受け、目の完治を諦めず4度もの手術を決行。暴行事件から7年、ついに目は完治した。 **大森義夫 [#q2038ae4] TV:NHK 事件記者 Movie: 事件記者シリーズ(日活) - 八田老人 -事件記者(1959年) -事件記者 真昼の恐怖(1959年) -事件記者 仮面の脅迫(1959年) -事件記者 姿なき目撃者(1959年) -事件記者 影なき男(1959年) -事件記者 深夜の目撃者(1959年) -事件記者 時限爆弾(1960年) -事件記者 狙われた十代(1960年) -事件記者 拳銃貸します(1962年) -事件記者 影なき侵入者(1962年) -新・事件記者 大都会の罠(1966年) -新・事件記者 殺意の丘(1966年)
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