Writer/なかにし礼
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[[Writer]] [[Movie/おんな6丁目 蜜の味]] #ref(nr10.png) #br *なかにし礼 [#lbf947b0] #ref(6C762378-A903-423A-BE6B-ADA7580EC19A.jpeg) なかにし・れい/&br; 1938(昭和13年)年、中国黒龍江省牡丹江市生まれ。<父、中国で中西酒造社長> 。< 終戦を中国で迎える。&br; 1946(昭和21)年に引揚船で広島に帰港後、亡父実家がある小樽に移住。be; 1946年11月、旧小樽市立手宮西小学校に転校。&br; 1947(昭和22)年、実家の事業失敗< 鰊漁に投資した兄の失敗>などで、東京や青森の小学校に転校。東京都立九段高等学校卒業後、一浪して >立教大学文学部仏文科卒。< 大学在学中、1963年に最初の妻と結婚する。一女をもうけ、1966年に別居、1968年に離婚>&br; 在学中からシャンソンの訳詩を手がけ、1964(昭和39)年「知りたくないの」のヒットを機に作詩家となり活躍。「今日でお別れ」「天使の誘惑」など約4000曲の作品を生み出し、日本レコード大賞を3回など受賞歴多数。&br; その後、作家活動を開始し、『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞。『てるてる坊主の照子さん』はNHK連続テレビ小説「てるてる家族」の原作となる。&br; 2012年、食道がんを公表。先端医療の陽子線治療を選択し、一度は克服したものの、2015年に再発を明かし、闘病生活に入る。 (AERA)< 立川談志の弟子。談志さんがつけた芸名は「立川礼談房(れいだんぼう)>&br; 🚘< >はあとから付記 2020/12/25スポニチ なかにしさんが「大恩人」と呼んだのが石原裕次郎さんだった。まだシャンソンの訳詞家だった1963年、最初の妻と新婚旅行で訪れた静岡・下田のホテルのバーで偶然出会った。「俺の歌を書くぐらいの作詞家になれ」と激励された。その言葉を胸に、流行歌の作詞の道へと進んだ。 -石原プロモーション映画第一作『太平洋ひとりぼっち』(63年)の下田ロケの時のこと。宿泊先の下田東急ホテルのラウンジで、裕次郎が「この中で一番幸福そうなカップル」にご馳走しようと声をかけた。それが若き日のなかにし礼だった。シャンソンの訳詞をしていたなかにしに、裕次郎は「歌謡曲を書いたら」とアドバイス。一年後、なかにしは、作詞作曲したオリジナルを持って石原プロを訪ねる。それがムード歌謡の傑作「涙と雨にぬれて」だった。石原プロに所属していた歌手・裕圭子とロス・インディオスが歌い、田代美代子とロス・インディオスが歌って大ヒットした。(2021年01月01日12時00分 MV) //: 彼のラジオ内容は、未だに覚えていることが多い 「タイガーズは俺のことを先生と呼ぶからね」 とか 銀座のママの前では平気でチンチン出して歩くから は 田村順子ママの話か #ref(A480A702-4BC0-4D94-8884-BC99533986F2.jpeg) #br *Works [#ndb96ef5] TV -テレビ朝日系列 ワイドショー『ワイド!スクランブル』コメンテーター(2012年3月5日 食道癌であることを報告。治療のため休業することを明らかにした) -2016 BS日テレの報道番組「深層NEWS」毎月1回のペース 定期出演 Book -『花物語』(新書館、1970年、のち新潮文庫) -『昭和左膳只今参上』(東京スポーツ新聞社、1970年) -『大人の紙芝居・まぼろし劇場―丹下左膳 暁のG線上に死す』(継書房、1973年) -『兄弟』(文藝春秋、1998年、のち文春文庫、新潮文庫) -『長崎ぶらぶら節』(文藝春秋、1999年、のち新潮文庫、第122回直木三十五賞受賞) -『赤い月』(新潮社、2001年、のち新潮文庫、文春文庫、岩波現代文庫) -『てるてる坊主の照子さん』(新潮社、2002年、のち新潮文庫) - 2003年度のNHK連続テレビ小説『てるてる家族』としてドラマ化 -『夜盗』(新潮社、2003年、のち角川文庫) -『さくら伝説』(新潮社、2004年、のち新潮文庫) -『黄昏に歌え』(朝日新聞社、2005年、のち幻冬舎文庫) -『戯曲 赤い月』(河出書房新社、2005年) -『戦場のニーナ』(講談社、2007年、のち講談社文庫) -『世界は俺が回してる』(『産経新聞』2009年1月1日-8月31日 角川書店、2009年)『イカロスの流星』文庫 -『世界は俺が回してる』の鍵となる曲を集めたイメージ・サウンドトラックCD(ソニー・ミュージックダイレクト、2009年) -『なかにし礼と12人の女優たち』(日本コロムビア、2015年)-12人の女優によるなかにし礼作詩曲の競演アルバム -『なかにし礼と75人の名歌手たち』(日本コロムビア、2015年)-作詩家・作家生活50周年記念アルバム。時代を追ってオリジナル歌手の歌唱で収録されたコンピレーションアルバム -『なかにし礼と13人の女優たち』(日本コロムビア、2016年)-女優たちによるなかにし礼作詩曲の競演アルバム、前作のヒットにより第2弾リリース。 -『昭和レジェンド 美空ひばりと石原裕次郎』(テイチクエンタテインメント、2016年)-なかにし礼が手掛けた、美空ひばり・石原裕次郎のすべての音源を収録。 -『夜の歌』(毎日新聞出版、2016年、のち講談社文庫) - がん再発との闘いの中で執筆開始した「サンデー毎日」連載小説の単行本化。 Essay -『ズッコケ勝負―終わりなき愛の遍歴』(双葉社、1969年) -『青春の愛について』(新書館、1972年) -『遊びをせんとや生まれけむ~なかにし礼の作詩作法』(毎日新聞社、1980年) -『音楽への恋文』(共同通信社、1987年) - 「音楽の話をしようす」(改題、新潮文庫) -『翔べ!わが想いよ』(東京新聞出版局、1989年、のち文春文庫、新潮文庫) - 自伝 -『時には映画のように』(読売新聞社、1997年) - 「口説く」(改題、河出文庫)、「恋愛100の法則」(改題、新潮文庫) -『愛人学』(河出書房新社、1997年、のち河出文庫) -『天上の音楽・大地の歌』(音楽之友社、2001年) -『道化師の楽屋』(新潮社、2002年、のち新潮文庫) -『さくら伝説―松坂慶子写真集』(フォーブリック、2002年) - 原作・監修 -『人生の黄金律 自由の章―なかにし礼と華やぐ人々』(2003年、清流出版)- 対談集 -『月夜に飛んで人を斬る』(作画:ふくしま政美、芳文社、1979年)- 劇画原作 -『三拍子の魔力』(毎日新聞社、2008年) -『歌謡曲から「昭和」を読む』NHK出版新書 2011 -『人生の教科書』(ワニブックス、2012年) -『生きる力 心でがんに克つ』(講談社、2013年) -『天皇と日本国憲法 反戦と抵抗のための文化論』(毎日新聞社、2014年) -『生きるということ』(毎日新聞社、2015年) -『闘う力 再発がんに克つ』(講談社、2016年) -『芸能の不思議な力』(毎日新聞出版、2018年) -『がんに生きる』(小学館、2018年11月) -『わが人生に悔いなし 時代の証言者として』(河出書房新社、2019年7月) -『作詩の技法』(河出書房新社、2020年10月) Movie -コント55号とミーコの絶体絶命(1971年、出演) -超能力だよ全員集合!!(1974年、出演) -時には娼婦のように(1978年、原案、脚本、出演) -動天(1991年、企画、原作) 作詞 氷川きよし -「櫻」(2012年、第45回日本作詩大賞受賞) -「母」(2020年、作詞家としての遺作) ////// #br #br #include(Writer/石原慎太郎,notitle) #br
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[[Writer]] [[Movie/おんな6丁目 蜜の味]] #ref(nr10.png) #br *なかにし礼 [#lbf947b0] #ref(6C762378-A903-423A-BE6B-ADA7580EC19A.jpeg) なかにし・れい/&br; 1938(昭和13年)年、中国黒龍江省牡丹江市生まれ。<父、中国で中西酒造社長> 。< 終戦を中国で迎える。&br; 1946(昭和21)年に引揚船で広島に帰港後、亡父実家がある小樽に移住。be; 1946年11月、旧小樽市立手宮西小学校に転校。&br; 1947(昭和22)年、実家の事業失敗< 鰊漁に投資した兄の失敗>などで、東京や青森の小学校に転校。東京都立九段高等学校卒業後、一浪して >立教大学文学部仏文科卒。< 大学在学中、1963年に最初の妻と結婚する。一女をもうけ、1966年に別居、1968年に離婚>&br; 在学中からシャンソンの訳詩を手がけ、1964(昭和39)年「知りたくないの」のヒットを機に作詩家となり活躍。「今日でお別れ」「天使の誘惑」など約4000曲の作品を生み出し、日本レコード大賞を3回など受賞歴多数。&br; その後、作家活動を開始し、『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞。『てるてる坊主の照子さん』はNHK連続テレビ小説「てるてる家族」の原作となる。&br; 2012年、食道がんを公表。先端医療の陽子線治療を選択し、一度は克服したものの、2015年に再発を明かし、闘病生活に入る。 (AERA)< 立川談志の弟子。談志さんがつけた芸名は「立川礼談房(れいだんぼう)>&br; 🚘< >はあとから付記 2020/12/25スポニチ なかにしさんが「大恩人」と呼んだのが石原裕次郎さんだった。まだシャンソンの訳詞家だった1963年、最初の妻と新婚旅行で訪れた静岡・下田のホテルのバーで偶然出会った。「俺の歌を書くぐらいの作詞家になれ」と激励された。その言葉を胸に、流行歌の作詞の道へと進んだ。 -石原プロモーション映画第一作『太平洋ひとりぼっち』(63年)の下田ロケの時のこと。宿泊先の下田東急ホテルのラウンジで、裕次郎が「この中で一番幸福そうなカップル」にご馳走しようと声をかけた。それが若き日のなかにし礼だった。シャンソンの訳詞をしていたなかにしに、裕次郎は「歌謡曲を書いたら」とアドバイス。一年後、なかにしは、作詞作曲したオリジナルを持って石原プロを訪ねる。それがムード歌謡の傑作「涙と雨にぬれて」だった。石原プロに所属していた歌手・裕圭子とロス・インディオスが歌い、田代美代子とロス・インディオスが歌って大ヒットした。(2021年01月01日12時00分 MV) //: 彼のラジオ内容は、未だに覚えていることが多い 「タイガーズは俺のことを先生と呼ぶからね」 とか 銀座のママの前では平気でチンチン出して歩くから は 田村順子ママの話か #ref(A480A702-4BC0-4D94-8884-BC99533986F2.jpeg) #br *Works [#ndb96ef5] TV -テレビ朝日系列 ワイドショー『ワイド!スクランブル』コメンテーター(2012年3月5日 食道癌であることを報告。治療のため休業することを明らかにした) -2016 BS日テレの報道番組「深層NEWS」毎月1回のペース 定期出演 Book -『花物語』(新書館、1970年、のち新潮文庫) -『昭和左膳只今参上』(東京スポーツ新聞社、1970年) -『大人の紙芝居・まぼろし劇場―丹下左膳 暁のG線上に死す』(継書房、1973年) -『兄弟』(文藝春秋、1998年、のち文春文庫、新潮文庫) -『長崎ぶらぶら節』(文藝春秋、1999年、のち新潮文庫、第122回直木三十五賞受賞) -『赤い月』(新潮社、2001年、のち新潮文庫、文春文庫、岩波現代文庫) -『てるてる坊主の照子さん』(新潮社、2002年、のち新潮文庫) - 2003年度のNHK連続テレビ小説『てるてる家族』としてドラマ化 -『夜盗』(新潮社、2003年、のち角川文庫) -『さくら伝説』(新潮社、2004年、のち新潮文庫) -『黄昏に歌え』(朝日新聞社、2005年、のち幻冬舎文庫) -『戯曲 赤い月』(河出書房新社、2005年) -『戦場のニーナ』(講談社、2007年、のち講談社文庫) -『世界は俺が回してる』(『産経新聞』2009年1月1日-8月31日 角川書店、2009年)『イカロスの流星』文庫 -『世界は俺が回してる』の鍵となる曲を集めたイメージ・サウンドトラックCD(ソニー・ミュージックダイレクト、2009年) -『なかにし礼と12人の女優たち』(日本コロムビア、2015年)-12人の女優によるなかにし礼作詩曲の競演アルバム -『なかにし礼と75人の名歌手たち』(日本コロムビア、2015年)-作詩家・作家生活50周年記念アルバム。時代を追ってオリジナル歌手の歌唱で収録されたコンピレーションアルバム -『なかにし礼と13人の女優たち』(日本コロムビア、2016年)-女優たちによるなかにし礼作詩曲の競演アルバム、前作のヒットにより第2弾リリース。 -『昭和レジェンド 美空ひばりと石原裕次郎』(テイチクエンタテインメント、2016年)-なかにし礼が手掛けた、美空ひばり・石原裕次郎のすべての音源を収録。 -『夜の歌』(毎日新聞出版、2016年、のち講談社文庫) - がん再発との闘いの中で執筆開始した「サンデー毎日」連載小説の単行本化。 Essay -『ズッコケ勝負―終わりなき愛の遍歴』(双葉社、1969年) -『青春の愛について』(新書館、1972年) -『遊びをせんとや生まれけむ~なかにし礼の作詩作法』(毎日新聞社、1980年) -『音楽への恋文』(共同通信社、1987年) - 「音楽の話をしようす」(改題、新潮文庫) -『翔べ!わが想いよ』(東京新聞出版局、1989年、のち文春文庫、新潮文庫) - 自伝 -『時には映画のように』(読売新聞社、1997年) - 「口説く」(改題、河出文庫)、「恋愛100の法則」(改題、新潮文庫) -『愛人学』(河出書房新社、1997年、のち河出文庫) -『天上の音楽・大地の歌』(音楽之友社、2001年) -『道化師の楽屋』(新潮社、2002年、のち新潮文庫) -『さくら伝説―松坂慶子写真集』(フォーブリック、2002年) - 原作・監修 -『人生の黄金律 自由の章―なかにし礼と華やぐ人々』(2003年、清流出版)- 対談集 -『月夜に飛んで人を斬る』(作画:ふくしま政美、芳文社、1979年)- 劇画原作 -『三拍子の魔力』(毎日新聞社、2008年) -『歌謡曲から「昭和」を読む』NHK出版新書 2011 -『人生の教科書』(ワニブックス、2012年) -『生きる力 心でがんに克つ』(講談社、2013年) -『天皇と日本国憲法 反戦と抵抗のための文化論』(毎日新聞社、2014年) -『生きるということ』(毎日新聞社、2015年) -『闘う力 再発がんに克つ』(講談社、2016年) -『芸能の不思議な力』(毎日新聞出版、2018年) -『がんに生きる』(小学館、2018年11月) -『わが人生に悔いなし 時代の証言者として』(河出書房新社、2019年7月) -『作詩の技法』(河出書房新社、2020年10月) Movie -コント55号とミーコの絶体絶命(1971年、出演) -超能力だよ全員集合!!(1974年、出演) -時には娼婦のように(1978年、原案、脚本、出演) -動天(1991年、企画、原作) 作詞 氷川きよし -「櫻」(2012年、第45回日本作詩大賞受賞) -「母」(2020年、作詞家としての遺作) ////// #br #br #include(Writer/石原慎太郎,notitle) #br
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