一般人締め切り、大使館員のみ、椅子座ると佐渡市職員怒る
後ろはマスゴミ
齢72の老いた世阿弥は、訳も分からず佐渡へと流されていった。出港地は、若狭の小浜。ここから佐渡島の大田の浦(松ヶ崎の入り江)に上陸した後、雑太郡新保を経由して、最初の預り所となる万福寺へとたどり着いている。食事は慎ましいとはいえ、散歩も自由で、思いの外、気楽に過ごせたようである。
その後、預り所が泉の正法寺に移ったと見られるが、以降の動向は不明。同島で没したとも、配流を解かれて、娘婿の金春禅竹の庇護のもと、妻と二人でひっそりと暮らしたともいわれることもあるが、これまた定かではない。亡くなったのが1443年8月8日だったことだけが伝えられているようだ。