日本の艦船

常陸丸

常陸丸 ひたちまる 船

常陸丸

日本の商船の名前のひとつ。 1898年に竣工して日本郵船が所有し運航していた貨客船。日本で初めて建造された、6000トンを超える商船である。日露戦争時の、いわゆる「常陸丸事件」で沈没。 1906年に竣工して日本郵船が所有し運航していた貨客船。

常陸丸事件(ひたちまるじけん)

日露戦争中の1904年(明治37年)6月15日に玄界灘を西航中の陸軍徴傭運送船3隻が、ロシア帝国海軍ウラジオストク巡洋艦隊(ウラジオ艦隊)所属の3隻の装甲巡洋艦、「ロシア(英語版、ロシア語版)」、「リューリク」および「グロモボーイ」によって相次いで攻撃され、降伏拒否などにより撃沈破された事件である。特に、陸軍徴傭運送船「常陸丸」(日本郵船、6,172トン)の喪失は日本の国内世論を憤激させ、連合艦隊、特に日本海の海上警備を担当していた上村彦之丞中将の第二艦隊に対して非難の声が向けられることとなり、第二艦隊は事件から2か月後の8月14日に起こった蔚山沖海戦でウラジオ艦隊を事実上壊滅させるまでの間、強い批判にさらされた。

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幻の“海底遺産”119年ぶりに発見!日露戦争で沈んだ悲劇の“常陸丸” TBSテレビ TBSテレビ 2023年8月12日(土) 17:50 幻の“海底遺産”119年ぶりに発見!日露戦争で沈んだ悲劇の“常陸丸”|TBS NEWS DIG 日露戦争中の1904年、当時日本最大の国産船「常陸丸(ひたちまる)」が玄界灘を航海中、ロシア艦隊によって撃沈されました。死者1000人以上。沈没から119年たって初めて海底に眠る船の姿をBS-TBSの特別番組「幻の海底遺跡を探せ!」の取材班が撮影に成功した。

水深80m 水中ドローンが見つけたものは…

ランディ博士「違う?これ違う?」

オペレーター「これやない?」

ランディ博士「あ、いやこれでしょう?」

オペレーター「沈船や!」

水深80mの先にあったのは、陸軍御用船・常陸丸だった。

常陸丸は、1898年に建造され6000トンを越える初の国産貨客船として、脚光を浴びたと言われている。しかし、日露戦争中の1904年、常陸丸は兵士らを輸送中に、ロシア艦隊から100発もの射撃を受け、福岡県沖に沈んでしまった。兵士、民間人合わせて死者は1000人以上。「悲劇の常陸丸」「常陸丸事件」として語り継がれてきた。それが今、私たちの目の前に現れたのだ!

佐々木ランディ博士によれば水中の遺跡は登録されていないものを含めるとおよそ600件あるが、実際にはその何十倍もの“遺産”が発見されずにまだ、海の中で眠っているのだという。

(BS-TBS「幻の海底遺産を探せ!~水中ドローンで大捜索」 8月12日19時放送) きっかけは海底の134mの膨らみ

常陸丸が見つかったのは、その福岡県玄界灘、世界遺産沖ノ島付近の海域。漁場の関係により詳しい場所は言えない。BS-TBSの特別番組「幻の海底遺産を探せ!~水中ドローンで大捜索~」の取材班が、調査会社に依頼。海底をソナー調べたところ、長さ134mの巨大なふくらみを見つけ、今年5月特別な許可を得て水中ドローンで捜索を始めたのだ。

海底には、常陸丸を象徴するマストのようなものや、排気口と考えられる筒状のものなど数々の特徴が確認された。この特徴や陸軍の資料などを照らし合わせることで、この船があの「常陸丸」だと判明した。

遺跡かな?と思ったら、それはおそらく遺跡なんです。 実際に発見した現場にいた水中考古学者の佐々木ランディ博士にインタビューをした。

上村アナ 「BS-TBSとTBS的にはこれはスクープで大発見と思っているんですが、佐々木さん的には今回の発見はどのようなインパクトがありますか」

佐々木ランディ博士 「何かがあるぞっていうようなものを、歴史事実を結びつけてこれだっていうことを実証するということができた。そういうようなインパクトが一番大きいかなと思います。船体で思ってたよりも劣化が進んでいなかったなっていう印象を受けましたね。もうちょっとボロボロなのかなと思ったら割とくっきりと、この船体が残っていたのは少し驚きがありましたね。あと、どちらかと言えば悲劇の船であるということなので、それを考えると、結構遺族の方とか歴史を学んできた方々にとっては、ものすごく大きな発見に感じるんじゃないかなというふうに思います」

上村アナ 「水中考古学を通じてこれから佐々木さんの展望ですとか、こういうことをしていきたいということがあったら教えてください」

佐々木ランディ博士 「展望ですね、そうですね。やっぱり私の一番の願いっていうのは、本当にたくさんの人に水中文化遺産っていうものが存在しているんだっていうことを知ってほしいっていうのが一番ですね。特に漁師さんですとか、海と関わりを持ってる人っていうのは実は、水中遺跡かもしれないものをたくさん見てきている可能性が高いです。ですので、その自治体の方々とか海と関わりのある方、工事開発関係者の人も、「これなんか、遺跡じゃないのかな」と思ったらですね。もうそう思った瞬間、おそらくそれ実は遺跡なんです。誰かが絶対関心を持ってるものなので、そこは迷わず自治体の方々と相談をしたり、自分が発見者になれる可能性がありますし、おそらく日本全国に本当は遺跡を発見した方っていうのが、たくさんいらっしゃると思うんですけど、自分でその価値に気がついていないので、やっぱり多くの人に知ってもらって、発見の喜びっていうものをシェアしてもらって、我々はそれに意義を与える仕事を淡々と続けていければいいのかなというふうに思っています」

 

添付ファイル: fileB23E9352-C560-47A3-AF94-4C5FF664CB91.jpeg [詳細] fileA0A3B421-9698-4F27-8FA1-D6C0481B207C.jpeg [詳細] file68ABB3A7-0AAD-4392-A56B-E4F4DC98519F.jpeg [詳細] fileA163B368-9C27-4B6C-A9A9-5F5A617F0F4F.jpeg [詳細]

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Last-modified: 2023-08-12 (土) 21:08:59